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The Angel Cradle.

飛び立つこともままならない。 座り込むことすら許されない。 僕らはいつも、不安定な足場の上に。

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私たちが暮らす石造り風のアパルトメントは、日本で一般的に言うアパートとは少々作りが異なる。
まず玄関扉を開くと、高い天井に豪奢なシャンデリアが輝くエントランスホールがあり、その中央には二階へと続く大階段がある。
一階にはホール向かって右手にダイニングキッチン、左手にゲストルームがあり、それらは全て土足を許されたスペースの為、私は汚れた足でも気にせず闊歩することが出来た。
それは年中無休で裸足の猫にとってはとてもありがたい配慮である。
二階には坂本昌行と長野博の部屋がそれぞれと、バス・トイレなどの共用スペースがある。
ちなみに二人の部屋はさすがに土足厳禁であり、どちらかの部屋にお邪魔する場合、私はバスルームで体を洗われる羽目になるのだが、しかし。
お恥ずかしながら私も御多分に洩れず水が大の苦手であるがゆえ、毎度大暴れしては二人を困らせているわけで……うむ。
反省はしているのである。
一応は。
うむ。

と、まぁ詰まるところ要するに、我が家は外観はアパルトメント風の一軒家と言った方が良いだろう。
ゆえに男三人、もとい男二人とオス一匹のルームシェアなのである。
それは長らく野良として生きて来た私にとって、十分すぎるほどに恵まれた環境である。

さて、それでは話を元に戻そう。

「ただいま。ひと段落したから昼飯休憩にな。なぁセッテ」
「にゃう」
「おっ、新作の開発状況はいかがですか、料理長殿」
「まぁぼちぼちだな」
やや芝居がかった長野博の問いかけに、口角を上げた坂本昌行は実に不敵な笑みを浮かべて見せる。
つまりはその言葉とは裏腹に、成果は上々と言うわけだ。
それらの話を鑑みるに、どうやら彼は貴重な休日を返上して新作メニューの開発に着手していたらしい。
厨房から聞こえて来た上機嫌な鼻歌は、新作の出来に満足した彼の心の現れだったようだ。
「それはそれは結構な事で」
「そうだ、お前時間あるなら後で味見てくれないか?」
「Certo!(もちろん!)時間なんていくらでも作るよ!」
美味しいものに目が無い我らがパドローネは、子供のように目をキラキラとさせて首を縦に振る。
その反応に笑った坂本昌行は、でもまずは昼飯だな、と言い置くと私を長野博に引き渡し、キッチンの方へと向かって行った。
さて、今日の昼食はなんだろうかと私が考えていると、同じことを考えていたらしい長野博が、私を抱え直しながら「今日のお昼ご飯はなんだろうね、セッテ」と実に嬉しそうに口にする。
それはつまり、自分も御相伴に与るつもり満々でいる、と言う事だ。
しかも別段それを坂本昌行に告げたわけでもないのに、である。
けれども坂本昌行は多分、当たり前のように長野博の分の昼食も用意するのだろう。
何故かと言えば、それが彼らの日常であるからだ。
「ちょっと覗いてみようか、セッテ」
昼食が出来上がるのが待ちきれないのか、そう言った長野博は私を抱えたままキッチンの方へと歩き出した。
否やも無いので私はひとつにゃあと鳴いて同意を示してみる。
すると彼は小さく笑って、私の頭を優しく撫でるのだった。

******

日記(2014/07/31)掲載文を収納。

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イタリアンレストラン【Vittoria】の休業日は毎週水曜日だ。

客入りが無く、従業員もいない店の中はただただ静かで、とてもがらんとしている。
普段の活気を考えると少々物寂しい気もするが、従業員たちにとってみれば週に一度しかない貴重な休みである。
きっと今頃各々が思い思いの休日を過ごしていることだろう。
それはとても結構な事である。

・・・おや?
休業日だと言うのに、どうも厨房の方から人の気配がするような気がする。
もしや曲者か!?と一瞬身構えたのだが、どうもその気配には見知った匂いが伴っているようである。
はて、休業日に出勤するとはどこの物好きか。
些か興味を惹かれ、どれどれ・・・と厨房の方に足を向けてみれば、不意に誰かの声が聞こえて来た。
正確に言えばそれは誰かの歌声・・・いや、鼻歌で、よくよく耳を澄ませてみれば、曲目はサンタ・ルチアである。
それならば歌い手は一人しかいないだろうと、確信を持って辿り着いた厨房の中を覗けば、案の定。
そこに立っていたのは白いシャツに黒の腰巻エプロンをした姿のCapocuoco(カポクオーコ/料理長)、坂本昌行だった。
『坂本くんは機嫌がいいとサンタ・ルチアを歌い出すんだよね』
いつぞや店のPadrone(パドローネ/オーナー)であり、Cuoco(クオーコ/料理人)である長野博がそう口にしていたのを思い出す。
どうやら本日の料理長は御機嫌上々らしい。
朗々と歌い上げられるサンタ・ルチアとはまた違った、趣のあるその歌唱は、包丁が野菜を刻む小気味よい音と相まって実に耳に心地よい。
厨房の入口に身を潜めたまま、しばしの間その音楽に聴き入っていると、不意に鼻歌がやんで、頭上にふっと影が差した。
「Ciao Sette, Come stai?」
『よぉ、セッテ。調子はどうだ?』との流暢なイタリア語は言わずもがな、坂本昌行が発したものである。
どうやら彼は入口に潜んだ私の存在に気づき、傍にやってきたようだ。
折角なので私も「Bene, grazie」、『元気さ、ありがとう』と答えを返そう。
さぁ息を吸って、はいて、出来る限りの流暢なイタリア語で・・・

「にゃーあ。にゃおにゃお」

・・・いや、分かっていた。
分かってはいたさ。
残念ながら私はイタリア語はおろか、日本語だって話せはしない。
何故ならば私は、(自分で言うのもどうかとは思うが)このイタリアンレストラン【Vittoria】の看板ネコ、Sette(セッテ)だからである。
この店の七人目の従業員と言う意味を含んだ、イタリア語で数字の七を表すSetteと言う名は、この男、坂本昌行に付けられたものだ。
元は野良猫であった私を拾い、この店の看板ネコとしたのも何を隠そうこの男である。
ゆえに私は彼に一方ならぬ親しみを持っている。
そしてどうやらそれは彼も同じらしい。
坂本昌行は少々強面の顔を緩め、優しげな笑みを浮かべると、厨房の外に出て私を抱き上げた。
正直な話、人間に抱き上げられるのは余り好きではないのだが、彼の武骨な手がそっと優しく私の体をすくい上げる感覚は嫌いではない。
なので大人しくされるがままでいると、私の頭を軽く撫でた彼は、普段より幾分柔らかい声を出して私に言った。
「そろそろ休憩しようと思ってたとこなんだ。良い時間だし昼飯にするか、セッテ」
確かに廊下にある壁掛け時計の針は正午過ぎを指していて、私の腹の虫も今にも鳴き出しそうである。
ゆえに異論はもちろん無い。
返事の代わりににゃあと鳴けば、はは、と笑った彼が「Va bene(了解)」と言ってまた私の頭を撫でた。
「メニューは何にするかなぁ。そういえば最近和食食ってねぇんだよな…」
そんなことを言いながら私を抱いたまま歩き出した彼は、どうやら店の裏手へ向かっているらしかった。
そこにはイタリアのそれを意識した、真新しい石造り風のアパルトメントが一軒建っている。
二階建てのそれは彼と私、それにもう一人がルームシェアをして暮らす家である。
もう一人と言うのは言わずもがな・・・
「あれ?お帰り。二人揃ってどうしたの?」
そう、我らがVittoriaのPadrone、長野博その人である。
玄関扉を開いたらば、ちょうど二階から降りて来たらしい彼が私たちに気づき、柔和な微笑みを浮かべて緩く首をかしげた。

******
日記(2013/08/07)掲載文を収納。

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「ゆーきだぁー!!」

健は喜び庭駆け回り。

雪といえばお馴染みの曲の歌詞を、つい頭の中でそう変換してしまってから。
坂本は降りしきる雪の中でぴょんぴょんと跳ねる健に苦笑を向けた。

「おい健、そんなカッコで雪浴びてると風邪ひくぞ」
「だいじょーぶだよ、俺坂本くんと違って若いもん♪」
「・・・・・」

今年三十路に突入するヤツが何を言うんだか。
けれども見た目だけの話をすれば、確かにそれは頷いて然るべき事の様に思えるのだからまったく三宅健と言う男は得である。
愛くるしい顔に、キーンと高い声。
良くも悪くも無邪気な明るさ。
自分にはないものを持っている彼を羨ましいと・・・思えるかどうかは別として。

「あ、坂本くん坂本くん、あれ歌ってよあれ」
「あ?」
「ほら、東京初雪の夜とかって歌詞が入ってる歌あったじゃん、確か」

坂本くんのソロのやつ、と言われて記憶を探る。
と、すぐに答えは見つかった。
『東京初雪の夜』と言えばコバルトブルーに他ならない。

「・・・ってお前、これ初雪でもなければ今は夜でもないぞ?」
「そんな細かいことこだわんなよー!いーじゃんそういう気分なんだからっ!!」
「お前・・・」

俺に対するそのわがままっぷり。
ほんと最近どこかの誰かさんに似てきたんじゃないかい?
そんな言葉を苦笑いで逃がして、寒空の下、はやくーとせがんで白い息を吐く健を手招いた。

「歌ってやるから、とりあえずこっち来い。マジで風邪ひくから」
「はーい♪」

良い子のお返事を返してたかたかと駆けてくる健に、つい頬を緩めてしまう自分はやっぱり親バカかもしれないなんて思う。
でもそんなことで自分は自分で良かったとか、こいつはこいつで良かったとか。
当たり前のことを再確認できる幸せにそっと目を細めた。



それはとある日の東京。
初雪・・・の次の雪の昼のこと。



********************


※2009年2月27日の日記掲載分を収納。
雪と健ちゃんで書きたくなった結果こんなん出来ました。(笑)
気づいたら7月バースデーコンビになってたよ。
ちなみに結局東京の雪は数時間でやんでしまって積もることもなかったです。ちょっと残念。

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昨夜は雷が鳴り響き、本日は強風が吹き荒れて。
春なのに…いや、春だからこそ?
大荒れに大荒れな東京、始まりの4月。

「しかもいつまでも寒いしさぁ。もーなんつーかこれ本当に春なわけ?」
あまりにも春っぽくない気候に不満たらたらな顔でそう言ってみたら、返ってきたのはリーダーの真面目くさった顔と冷静な声で。
「いや、当たり前だろ」
「…ってんな冷静に突っ込むなよ!知ってるよ?春なことくらい知ってますよ?いのっちはそんなバカじゃないですよ!?」
「おいおい自分で聞いたくせに逆ギレかよ」
「やだねぇキレやすい中年は」
「なぁ」
ってうぉい!俺か!?悪いのは俺ですか!?
って言うかちょっと!今さらっと聞き流しそうになったけども、長野くん!
曲がりなりにもアイドルに向かって中年とか言うなよ!!
いや、まぁ確かに間違いじゃないけどもね?
けどそもそもさぁ…
「中年って、アラフォーのあんたらには言われたくねぇよ…」
「それにしてもほんとすごい風だねぇ坂本くん」
「ほんとすげぇ風だよなぁ、長野」
「あれ?無視?無視ですか?」
「寒さはともかくとして、この強風じゃ桜が可哀想だよね」
「まだ咲ききってもないのにこの強風だからな」
…いいよ、いいですよ。
どうせ俺はそんな扱いなんだよな…分かってるよ、分かってるさ…ふっ。
「おーい井ノ原~?戻ってこーい」
「遠い目しても細目じゃ分かりづらいから戻っておいで、よっちゃん」
…ちくしょう、なんだか釈然としねぇ。


※2009年4月2日の日記掲載分を収納。

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結局のところ。
村瀬と青柳の小競り合いは早くも第二ラウンドに突入して、9係の部屋は大いに騒がしくなった。
やはり文字通り二人の間に挟まって仲裁を試みるのは矢沢で、浅輪と小宮山はそれを楽しそうに見守るのみである。
これが日常茶飯事だと言うのなら、9係の日常は随分と騒がしいもののようだ。
そう思って井上は自然口元を緩めた。
こんな小競り合いを繰り返しても、警視庁が誇る検挙率ナンバーワンのチームとして9係が成り立っているのは、そこに確かな信頼関係があるからなのだろう。
賑やかなやり取りを微笑ましく思い、井上は隣の加納に思ったままを伝えた。
「いいチームですね」
「そうかな?」
井上の言葉に加納は緩く首を傾げてみせる。
ただその顔には確かに柔和な笑みが浮かんでいて、それは裏の無い、優しい彩りに満ちていた。
ああ、と井上は思う。
この人はその木漏れ日のような静かな暖かさと光で以って、いつも彼らを見守っているのだろう。
前に出ることなく、後ろに立って。
けれど必要な時には最前に立って戦うことを厭わない人。
「・・・羨ましいな」
思わず口を突いて出た言葉に、寸の間フラッシュバックする記憶。
それは井上の中に大いなる疑念が生まれた瞬間の映像だ。
くっきりと、鮮明に蘇った記憶の残滓は、井上に何とも言えない苦味を与えて。
それに耐えるように知らず強く握り締めた拳に、ぽん、と何かが当たってはっと我に返った。
温かなそれは、加納の手だった。
「大丈夫?」
「あ・・・はい!すみません、大丈夫です。なんでもないです」
慌ててそうは言ってみたものの、どう考えてもそれは言い訳にしか聞こえないだろう。
弁解の言葉を探す井上に、ふっと表情を緩めた加納がもう一度、今度は先よりも優しく井上の手を軽くぽんぽんと叩いた。
「大丈夫」
「・・・え?」
今度は問いかけの形ではなく、言い切られたその言葉。
意味が分からず問い返せば、小さく笑った加納に今度は肩をぽんぽんと叩かれた。
「大丈夫、大丈夫」
繰り返される、穏やかな声での『大丈夫』と言う言葉。
・・・何故だろうか。
それはゆっくりと、井上の中の何かを解かして行くような気がした。
まるで子供をあやすかのような加納の仕草も不快には思えず、触れた手の平からじわりと染み入る体温に、逆に安心を覚えるくらいだ。
「君ならきっと、大丈夫」
井上が抱える何もかもを見透かしたような顔をしてそんなことを言う加納に、不覚にも涙腺が緩みそうになって。
井上はぎゅっと口を引き結び、必死にそれを堪えた。

あぁなんてことだ。
自分はそんなに弱っていたのか。

目の前をじわじわと侵食していく闇に、柔らかく落とされた木漏れ日。
その穏やかなぬくもりに今はただ、守られていたいと。
井上は密かにそう思った。



**********

いつの間にか浅輪くんと薫くんの話から薫くんと係長の話に落ち着いてましたよって言う。
まぁ割と最初からそうだったけどね!(笑)

こもれびのばしょ。苦節云年、もう少しで終われそうですよ!!(笑)
なんとか次回9話で終わりたいんだぜ・・・9係なだけにな!(え)

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*AVIARY*

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