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The Angel Cradle.

飛び立つこともままならない。 座り込むことすら許されない。 僕らはいつも、不安定な足場の上に。

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『あぁ、もうそろそろかなぁ』
木の葉のざわめきと共に密やかに伝えられた言葉に、家主は「そうか」とだけ呟いて、静かに盃を傾けた。

それは大きな月が江戸の夜空を彩った、ある晩秋の折。
屋敷の裏庭に面する縁側で、桜の木相手に晩酌をしていた家主――昌行は、桜の木――博の名残惜しげな言葉にもうそんな時節かと独りごちた。
博とは、昌行の前に鎮座する、樹齢千年を越えた江戸彼岸桜の大木の事である。
長い年月を生きてきたこの桜は、いつの頃からか己の意思と言うものを持ち、言葉を覚え、こうして人と話をすることが出来るようになっていた。
しかしこの桜が出来るのはそれだけではない。
桜の精気が最も高まる季節、つまりは春を迎えると、この桜は人に姿を映し、自由に行動する事まで出来るようになるのである。
その春の間、昌行の屋敷は盆暮れ正月がいっぺんにやって来たかのような賑わいを見せる。
何故ならば、博に便乗してやってくる来客が在るからだ。
最初はそれを鬱陶しく思っていた昌行だがしかし、今ではあの騒がしさが屋敷を満たさない日は寂しさすら感じると言うのだから、慣れというのは恐ろしいものである。
『今年の冬は長そうだって、健が言ってたから、次にみんなに会えるのは随分先になりそうだね』
「それでも、この江戸に巡らない季節はないからな。嫌でもまた会えるさ」
博の寂しげな言葉を受けて、つい昌行は柄にもない事を口にしていた。
似合わない事を、と笑われるかと思ったが、予想に反して博は何も言わなかった。
感傷的な気分に浸ってでもいるのだろうか。
見上げた桜はただ流れてくる風にその葉を揺らしているだけだ。
「博?」
『・・・なに?』
「急に黙るなよ。まだ眠るには早いぞ?」
『ごめん。寝てたわけじゃないよ。ちょっと、色々考えちゃってさ』
考えても仕方のない事だけど、と言い置いた博は囁くように言葉を零す。
『昌行と、こうしていられる時間はあとどれくらいあるんだろう、とか』
「・・・・・・」
人と桜とでは生きていく時間が途方もなく異なる。
ましてや博は大きな力を宿した特異な存在である。
いわゆる【あやかし】と呼ばれるものである快彦たちならばまだしも、人間である昌行にはその一生を最後まで共に歩く事は出来ないだろう。
その感傷と言うよりは漠然とした不安と言うべきものは、博と出会った時から密かに昌行の中にもあったものだ。
どんなに頑張っても、足掻いても。
自分は必ず博よりも先に逝ってしまうだろう。
その残酷な理に、例外はない。
『・・・ごめん、変な話して』
「まぁ人間ってのはちっぽけなもんだからな」
お前ほど図太くは生きられやしないさ、とニヤリ笑いで言った昌行に、返って来たのは不満げな声だ。
『ちょっと、それは酷くない?俺は真面目に・・・』
「考えても先のない事だって、お前自分で言ったろうよ」
だったらそんなもん考えるのは止めちまえ、と昌行は明朗に言い放った。
それは彼がこれまで自身に幾度となく言い聞かせて来た言葉でもある。
どうするのか、どうなるのかなんて、どうせ誰にも分かりはしない。
だったらそんなものは今際の際にでも考えりゃあいい事だろうさ、と昌行は笑う。
「まぁどうしてもお前が寂しいってんなら、化けて出る方法でもあいつらに聞いておくか」
幸い・・・かどうかはいざ知らずではあるが、そう言う話に詳しそうな奴らは身近にやたらと沢山いる。
それゆえ、中にはそんな方法を知っている奴もいるかもしれない。
そんな冗談半分の昌行の提案に、微妙な声色で答えたのは博だった。
『昌行が幽霊になるの?なんか、それは嬉しくないなぁ・・・』
顔をしかめているのが見て取れそうな声に、昌行はつい吹き出して大きく笑う。
確かに、幽霊嫌いな自分が幽霊になって化けて出ると言うのは本人としても微妙な所ではある。
下手をしたら幽霊になった己に驚き、あまりの恐怖に震え上がりさえしそうだ。
・・・いや、何もそこまで自分を卑下しないでもとは思うが、あながち無いとも言えないのが昌行の残念な所である。
「はは、化けて出るのは無しか」
『無しだよ。俺は今のままの昌行がいいよ』
ゆるりと笑う昌行に、困惑しきった声で博は否定を口にする。
それに頷いて返した昌行は、幾分穏やかな声でそれを紡いだ。
「だったら、俺も。今のままのお前を望むよ」
『え?』
昌行は空になっていた杯に銚子から酒を注ぐと、それを舐めるように呑んで緩く笑う。
「この世には輪廻転生ってもんがあるんだそうだ。人間の死は終わりじゃあなくて、次に生まれるための始まりなんだとさ」
『始まり・・・』
杯を置き、昌行は桜を見上げる。
秋の終わりを迎えた今、そこに花はないけれど。
大きな満月の下でさわさわと揺れる、紅葉を過ぎ枯れ葉だけを身につけた桜は、次に来る春を待つ、生命力を確かに宿している。
「だから俺が天寿を全うしたら、お前はただのんびりと待っててくれりゃあいいさ」
ふっと息を吐き、殊更丁寧に紡ぐ言葉は。

「廻り来る春に、新しく生まれる俺を」

不意に吹いた風に、ふわりと宙を舞ったひとひらの葉が、昌行が広げた手のひらの上に落ちた。
それはやがて土へと還り、また新しい命となる。
永久(とこしえ)に巡る命だ。

『・・・・・・』
「博?」
答えを返してはくれないのか、と。
緩く首をかしげた昌行のもとに、降って来たのはため息交じりの声だった。
『・・・まるで舞台役者みたいな言い回しするから、どう反応して良いのか分からなかったんだよ』
「・・・お前、せっかく人がいいこと言ったってのに」
『くさい台詞の間違いじゃない?』
くすくすと笑う博に、昌行はゆるいため息をこぼしながら微笑した。
置いていた杯を再度持ち上げて、そっと唇を添える。
「・・・まぁ正直、桜と心中するってのも悪くないと思ったんだけどな」
『え?なに?何か言った?』
杯の中にこぼした密やかな独白は、どうやら博の元までは届かなかったらしい。
「いや」
それでいい。
いや、そのほうがいい。
そんな愚かな執着は、この美しく生命力に溢れた花には似合わない。
「何も言ってやしないさ」
『そう?』
「あぁ」
穏やかにそう応える昌行に、納得したのか博はそれ以上何も聞きはしなかった。







「なぁ博」
『なに?』
「お前、次の春が来たら何がしたい?」
『え?うーん、そうだなぁ・・・やっぱり、一番に昌行の美味しいご飯が食べたいかな!』
「・・・・・・お前は欲が無いねぇ」
名残を惜しむ秋が過ぎると、やがて独り待つ静かな冬が訪れる。
その季節を昌行がやり過ごせるのは、その先に待つ賑やかな春を知っているからだ。
花が咲き、屋敷には賑やかな声が戻り、やがてその喧しさに辟易する。
あの、煩わしくも愛しい日々が。
『だからさ、昌行。ちゃんと御馳走作って待っててね』
不意にふわりと吹いた風に、何故か季節外れの春の香りを感じた。
その風に導かれ、昌行の持つ杯にひらりと飛来したのは。
今時分に咲いているはずの無い、淡い春色の桜の花びらで。

『廻り来る春に、目を覚ます俺を』

それは先の昌行の言葉をなぞり、同じく殊更丁寧に紡がれた。

「・・・あぁ」

昌行は緩やかに目を細めると、密かに口角を上げ、杯の酒を花びらごと飲み干した。
それは晩秋の折、毎年のように繰り返される、彼と花の儀式のようなものだ。
永久に巡る季節の中の、ほんの一瞬を共に過ごす彼らの。
次の春を迎えるための、ほんの些細な約束なのだ。







そして、また季節は巡り。
当たり前のような顔をして、次の春はやってくる。

「おはよう、昌行!」
「あぁ、大飯食らいが起きやがったか」

憎まれ口を叩きながらも、上がる口角は隠しきれず。
触れた手のぬくもりに安堵を覚えながら。
またこの季節を共に過ごすのだ。







いつの日か来る終わりを憂い、迎える始まりに期待しながら。







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