忍者ブログ

The Angel Cradle.

飛び立つこともままならない。 座り込むことすら許されない。 僕らはいつも、不安定な足場の上に。

2025/03    02« 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  »04
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

眼下にはコンクリートジャングル。
聳え立つビル群。
排気にまみれた街に輝きは見えない。
希望も見えない。
夕焼けすら赤黒く禍々しく、
そこには美しさの欠片もない。


「う~ん、なんつーかこう、魅力のない世界だと思わねぇ?」
小高い丘から見下ろした風景を不満そうにそう評価して、初夏を少し過ぎた季節には不相応な黒いロングコートを着込んだ、細い目が特徴的な男は後ろを振り返った。
当然のように同意が返ってくるものと思い込んでいた彼はしかし、振り向いた先の二人が微笑みを浮かべて自分を見つめていることに気づいてバツの悪そうな顔になって唇を尖らせる。
「なんだよ二人して楽しそうな顔しちゃってさぁ」
「うーんまぁよっちゃんの嫌そうな顔見てたら逆に楽しくなってきたかなぁ」
「お前見てるとほんと飽きないよなぁ」
「あんたら失礼だよな~ほんと」
細目の男と同じく黒のロングコートを纏った二人の男は、むくれる男を見てますますその微笑みを色濃くした。
二人の男のうちの片方、夕焼けの赤が良く映える色白い肌をした男は独特のまあるい声で細目の男をからかうようにその目じりを引っ張る。
「よっちゃんの目が細すぎてちゃんと世界を映せてないんじゃない?」
「いでっ!いででっ!!ちょっとあんた引っ張りすぎだってソレ!!」
「ぷっ、はははは!!不細工だな~井ノ原!!」
「いででっ!!ちょっとそこ!!不細工とか言わない!!傷つくでしょぉ!!」
もう一人の男――眼光鋭く精悍な顔つきをした、三人の中では一番年長に見える――は、腹を抱えるほどの大笑いをした後、ようやく開放してもらって目じりをさすっている男に複雑な表情を投げかけた。
「世界は、魅力に満ちてるよ。今も昔も、な」
紡ぎ出された言葉の意味は深い。
そしてきっと今ここに居る三人だけが、その深さの理由を知っている。

沈み行くこの世界。

「・・・あ、見てみなよ。あれは結構キレイじゃない?」
「ん?あぁ・・・」
「あー本当だ」
落ちた沈黙に、不意に色白の男が指差したのは、青と赤のグラデーションに染まる空に浮かぶ、一粒の金平糖のような星。
正確に言えばそれは金星。
宵闇に浮かぶ宵の明星だ。
「しょうがないよ、俺たちはどう足掻いても元は人間だからね」
三人揃って見上げた宵の明星は一際強い光を放っていて。
「名前に固執してるのがいい証拠、か」
ほんの少し、眼下の世界が浄化されたように映った。
「・・・こんな世界、見捨てることだって出来るのにねぇ」
可能性はまだ残されているのかもしれない。
少なくともまだ、この光はこの世界を見捨ててはいない。

ヴィーナスに見守られた、この世界。

「さぁ、いつまでもこうしていたって仕方がないよ。どっちにするのか、早く決めないと」
「そうだな。早いとこ判断してくれないか、井ノ原」
「えぇ!?俺が決めるわけ!?」
「何言ってんの。当たり前だろ?」
「お前、自分をなんだと思ってるんだ?お前は唯一神に意見することを許された存在・・・俺たち智天使(Cherubim)とは違う」
年長の男はびしっと指を指して。
「熾天使(Seraphim)なんだぞ?」
にっと笑った。
「・・・分かったよ。決めりゃいいんだろ決めりゃ」
渋々、と言った様子で頷いてから、細目の男はよしっ、と気合も新たにぱちんと両頬を叩く。
それから不敵な笑みを浮かべて、遥か天空のヴィーナスを仰いだ。
「助けてやろうじゃんよ。女神様が見守ってるって言うんなら、まだこの世界も捨てたもんじゃないんだろ?」
「井ノ原にしては上等な答えじゃない?」
「よし。そうと決まったらVesper(宵の明星)がLucifer(明けの明星)になる前に出発するぞ」
『了解』

一人の男の声に二人が頷き、三人は共に大地を蹴る。
そのまま彼らの体は落下することなくふわりと宙に浮き、その背には真っ白な翼が現れた。
鳥のようにしなやかに、羽音を響かせて羽ばたく大きな翼。
そう、彼らは人ではない。
真っ白き心で神に仕える穢れなき天界の使者、天使なのだ。

「決めたんだ、守るって」

太陽が落ち、世界が赤から青に染まり変わる。
眼下には闇色に染まった世界。
今はただ、暗く沈んでしまっているけれど。
『かつての彼等』が愛した、何よりも愛しい場所。

「もうあそこは、俺たちの世界じゃないけどさ」
「でも、記憶はちゃんと俺たちの中に残ってるから」

だから。



守りたいのは、
ヴィーナスに見守られた、この世界。


拍手[1回]

PR

*AVIARY*

ブクログ

pixiv

Calendar

02 2025/03 04
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

QR Code

NINJA TOOLS

<< Back  | HOME Next >>
Copyright ©  -- The Angel Cradle. --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]