The Angel Cradle.
飛び立つこともままならない。 座り込むことすら許されない。 僕らはいつも、不安定な足場の上に。
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今までにその行為を無理強いしたことはない。
そもそも最初の切欠だって作ったのは向こうの方だ。
自分の血を飲めと。
躊躇い無く白い首筋を差し出した相手の、意志の強い瞳は今でも鮮烈に坂本の記憶の中にある。
お人よしが過ぎると笑った彼に、あんただからだとと言い切った長野の言葉は深く優しく温かかった。
その日、まるで何かの誓いを立てるように。
差し出された長野の手の甲に、坂本は初めて牙をつき立てたのだ。
・・・ただ。
その後のことはとんだ失態だったと今でも自責の念に駆られることがある。
久しぶりに口にした血液のあまりの甘美さに、急激に吸血鬼の本能が駆り立てられ、我を忘れてそれを貪ってしまったのだ。
しばらくして、自分の名前を呼ぶ弱々しい長野の声でようやく我に返った時には、いつの間にか床に組み敷いていた彼の顔は真っ青になっていた。
手の甲に、腕に、首筋に、穿たれた痛々しい痕跡。
あの時の心臓を鷲掴みにされたような衝撃を、坂本は未だに忘れることが出来ないでいる。
「血に飢えた吸血鬼ってーのは死ぬほど厄介な生き物なんだよねぇ。何せ渇きを潤すまで相手の血をひたすら吸い続けるからさ。だからむしろ良くそこで止まったよなぁ、あんた」
奇跡って言ってもいいかもねぇ、と井ノ原は感心しているのかしていないのか良く分からない間延びした声で言った。
井ノ原快彦はヴァンパイアハンターを生業にするダンピールである。
吸血鬼のことに関しては、もしかしたら坂本よりも詳しいかもしれない。
その彼が言うのだから、あの時の出来事は本当に奇跡だったのかもしれない。
益々自責の念に駆られそうになった坂本に、井ノ原は人好きのする顔のまま、実ににこやかにのたまった。
「もしそれであんたが長野くんを殺してたら、俺が確実にあんたを消滅させられたんだけどねー」
「・・・・・」
残念そうに言うんじゃねぇよ、コラ。
坂本は心中でそう毒づく。
そう、この男はヴァンパイアハンター。
もし坂本が一歩でも道を踏み外せば、すぐにでも駆けつけて彼を狩るつもりでいるのだ。
今は長野が防波堤となっているため手を出せずにいるが、井ノ原の本心はまさにその言葉どおりである。
まったく、厄介なヤツばかりだ。
あの日を過ぎても変わらなかった、自分に向けられる長野の笑顔を思い出しながら。
坂本は密かに小さなため息をついた。
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